AGAIN



「次週日曜、映画を観に行かないか?」

来た。ついに。
TVで予告スポットが流れ始め、零一さんの部屋に普段はあり得ない
映画情報誌があるのを見つけた時からこの日がいつか来るとは思っていた。
あいつが、また帰ってくるのだ。

「…」
「どうした? 何か予定でもあるのか?」
「いえ、何もないです。」
「それでは…」
「あの、観に行く映画って、まさか…」
「決まっているだろう、『THE CUTTER AGAIN』だ。」

そう言って微笑んだ零一さんの顔は気絶しそうに恐ろしかった。

高校時代、「社会見学」で連れて行ってくれたホラー映画、「THE CUTTER」シリーズ。
本当は怖くて怖くてまともに観ていなかった。だけど、いい印象を持ってもらいたくて
無理して「3度のゴハンよりホラーが好きなんです」なんて言っちゃったものだから、
3部作全て「社会見学」することになった。でも、最後の作品で、あいつは宇宙の藻屑と
消えて、もう二度と、帰ってくることはないという結末に、どれだけ安心したことか。
それなのに、ファンからの根強いラブコールに答える形で、なんと復活することになったのだ。
そしてとうとう、この日が来てしまった。

「やっぱり…行くんですね。」
「やっぱり、とは?」
「いいえ。何でもありません。」
「…そうか。では日曜、駅前広場で待ち合わせだ。遅れないように。」

それからの数日、めちゃめちゃ気が重かった。やっぱり、正直に話して断れば
良かったかな、って何度も思ったけど、ほんの2時間、我慢すればいいんだって
言い聞かせて、日曜日を迎えた。

「遅いぞ。点呼を…」
「もう、生徒じゃないんですから、点呼はもういいでしょう?」
「そうだな。ちょうど開演時間だ。入場する。」

席につくと間もなく場内が暗くなった。いよいよ恐怖の2時間が始まるのかと
私はハンカチを握りしめた。薄明かりの中、零一さんの横顔を盗み見ると、
最高に楽しそうな笑顔を浮かべている。めったに見られない、満面の笑み。

(まあ、これが見られるなら、いいか。)

おどろおどろしいテーマ曲に続いて、ストーリーが始まる。
ずっと目をつぶっているのに、恐怖心をあおる効果音や聞こえてくる悲鳴だけで十分怖い。
握りしめたハンカチはとっくにくしゃくしゃになっている。
一瞬でも早く終わってほしい、そればっかり願っていた。

どのくらい時間が経ったろう。時計を確かめようとちょっと目を開けた。
穏やかなBGMが流れていたから、大丈夫だと思ったんだ。一瞬、目に入ってしまった画面。
その一瞬で、場面は転換した。目の前が、真っ赤に染まる。私は思わず、叫んでいた。

「嫌〜〜〜ッ!!」

私の余りの声の大きさに、周りの数人が振り返った。恥ずかしくて、思わずうつむく。
零一さんもきっと呆れているんだろう。やっぱり、来なければ良かった…。

その時、ふっと手が暖かくなった。零一さんの大きな手が、私の手に重ねられたから。
その温もりが恐怖心を少しずつ解き放っていく。こんな些細なことで安心するなんて、私も単純だ。
画面が目に入らないように注意しながら、零一さんの横顔を見上げると、零一さんはちらりと私を見て

「映画を見なさい。」

とだけ言った。零一さんの手を握り返しながら、私は決心して画面に目を向けた。
映画は、ラストのクライマックスに差し掛かっていた。呪いをかけられて怪物に姿を変えられてしまった
青年が、愛の力でもとの姿に戻るというシーン。これでもう、今までのような凄惨な事件は起こらないと
言うのを聞いて、ホッとため息をついた。もうこれで、本当に終わりなんだ。ラストシーンは、青年と
彼女との熱烈なキスシーン。恋愛映画のような美しいシーンに見入っていると、急に目の前が暗くなった。

「ここは見ないように。」

視界を遮ったのは零一さんだった。見るな、ってどういうこと、と思っていると、もっと思い掛けないことが
起きた。映画の画面とシンクロするみたいに、零一さんの唇が私に重ねられる。あまりに意外なこの行動に
驚きながら、私はゆっくり目を閉じた。BGMがひときわ大きくなって、映画は終わった。

エンドロールが終わり、席を立っても、手は繋がれたままだった。以前なら絶対に考えられなかった
この状況に、思わず顔が綻んでしまう。さっきまで怖くて仕方なかったことなんてもう忘れそうだ。

「4作目にして、やっと、だな。」
「えっ? 何がですか?」
「わからないか?」
「はい…」
「これだ。」

そういって零一さんは、繋いだ手を持ち上げてみせた。
 
「えっ? これ、って?」
「私が、どうして君を何度もホラー映画に誘ったかわかっているか?」
「零一さんが、好きだからでしょう?」
「それもそうだが、君を怖がらせるためだ。」
「はぁ…。」
「君がホラーをそれほど好きでないことはすぐにわかった。嘘が見抜けないような私ではないからな。
しかしそれでも誘い続けたのは、コホン、君に頼ってほしかったからだ。」
「それって…」
「私と君が教師と生徒である以上、私から君に触れることは叶わない。しかし、もし君が私を頼って
くれたなら、私にはその手を払う理由はない。それを、期待していたのに、いつも君は自分のハンカチを
握りしめて、結局私を頼ってくれなかった。今日は、私がついにしびれをきらした、というわけだ。
コホン、この話は以上。」

そう言って少し足早になった零一さんは、ちょっと顔が赤い。私もきっと赤くなってるだろう。
何度、怖い、っていって抱きつきたかったか思い出して、ちょっともったいなかったな、と思う。

「今度からは素直に頼らせてもらいます、って、もうあのシリーズ終わりなんですよね。」
「終わり? 何を言っている?」
「え、だって、人間に戻って終わり、じゃないんですか? 
感動的なラストだったじゃないですか。零一さんに遮られちゃったけど。」
「あれは、あの映画で最も恐ろしいシーンだから、君の目を塞いだだけだ。」
「えっ? それじゃあ…」
「人間の姿に戻った彼は、手始めに彼女を殺し、新たな殺戮を繰り返すのだ。
また来年、新たなシリーズが始まる。タイトルは『THE CUTTER REBORN』だ。」
「また、見に行くんですか…」
「そのつもりだが?」

そう言って微笑んだ零一さんの顔は気絶しそうに恐ろしかった…。


Fin


 



映画館デート、しかもホラーとくれば抱きつかないわけにはいかんだろう、と思うのですが
社会見学ではさすがに大人しくしてたのかな、と思ってこんなのを書いてみました。先生が
そんなの期待してたなんてねえ(笑)はばたき市で見られる映画の中で、なぜかホラーだけが
シリーズで3回も上映されるので、これは先生仕様なのだな、と思って疑わない私です。



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