Another Side



氷室零一。
はばたき学園、数学教師。
いつも完璧。


学園内でまことしやかな噂になっているように、私が実際にアンドロイドか何かであれば
この理想の姿を保つことはきっと容易なのだろうが、残念なことに私は人間だ。
ずっと張り詰めたままでは精神のバランスを崩す。そうなる前に私が逃げ込む場所がある。

私だけの、秘密の場所。

学園内で私に与えられたスペースである数学準備室。北校舎の最上階、一番隅にあり、訪れる
人間は少ないが、並びには、他の教科の教室や準備室もあり、人通りがないわけではない。
ここはプライベートな空間とは言えない。しかし、意外に知られていないのが、窓の外の
テラスから屋上にのびる非常階段の存在だ。閉鎖された北校舎の屋上にあがる唯一のルート。
準備室にカギを掛けてしまえば、ここは完全に私だけの空間となる。校内のどんな場所からも
死角となるその屋上で、自分だけの時間を過ごすのがいつしか習慣となっていた。

ある日の放課後。
私はいつものようにプライベートな時間を楽しんでいた。
もしたばこを吸う習慣が私にあったなら、一服といきたいところだったのだろうが、
あいにくそうではなかったので深呼吸を何度か繰り返した。肺いっぱいに空気を吸い込むと
緊張感が少しずつ抜けて行くような気がする。ジャケットを脱ぎ、ネクタイも緩めると
氷室零一の別の面が、少しずつ現れてくる…。

給水塔の壁にもたれ、少しまどろみかけた時、どこからともなく声がした。

「氷室せんせ〜い! いらっしゃいませんか〜?」

あの声は、だ。こんなところまで私を探しに来たのだろうか?

「せんせ〜い? いないんですか? ここしかないと思ったんだけど。
窓も開けっ放しで、先生らしくもない…。 ホント、どこいっちゃったんだろう?」

窓?
しまった。私としたことが。
いつもなら準備室のドアにカギを掛けているのだが今日は掛けた記憶がない。
訪れる人間がいないと思って油断していた。そしてがいう窓とはテラスに通じる窓だ。
もしあの窓を閉められてしまったら、私は閉め出されてしまうことになる…。
慌てて、大声を出した。

!」
「あれ、先生? どこにいらっしゃるんですか?」
「上だ。」
「上、って?」
「まず、準備室のドアのカギを掛けなさい。そうしたらその窓から外に出るんだ。」
「はい…?」

カギの回る音に続いて窓が大きく開く音がした。

「先生、外に出ましたけど…あっ!」
「そうだ、その階段を登ってきなさい。」
「えーっ、こんな階段知りませんでしたー。」

心底驚いたといった顔をしたが顔を覗かせる。

「私のプライベートゾーンへようこそ。」
「こんなところにいらっしゃったんですね…」
「まあ、座りなさい。」

コンクリートの上にハンカチを敷いてやる。

「真っ白なハンカチなのに、いいんですか、座っちゃって?」
「気にするな。どうせ洗う物だ。」
「ありがとうございます。」

少し頬を染めながら腰を降ろすを見つめていると自然に笑みがこぼれる。
そんな私を見て、は言った。

「先生…なんかいつもと違いませんか…?」
「そうか? どう違う?」
「なんか、表情豊かっていうか、砕けてる感じがします。」
「砕けている、か。君はこんな私は嫌いか?」
「いえ、嫌いなんてことありません。どっちかっていうと、好き、です。」
「そうか、ありがとう。私も君が好きだ。」
「えっ?」
「同じことは一度しか言わない。授業と同じだ。」
「先生…意地悪。」
「そうだ。私は意地悪だ。」
「やっぱり先生、いつもと違いすぎます!」

頬を膨らませるの横顔はとてもかわいらしく見える。
こんな表情が見られるなら意地悪だってなんだっていい。

しばらく何か考えていたようだったが口を開いた。

「先生、正直村と嘘つき村の問題、知ってますか?」
「ああ、有名な論理パズルだな。」
「そうです。正直村の人は100%本当のことを、嘘つき村の人は100%嘘をつく、ってやつです。」
「それがどうかしたのか?」
「先生は、正直村の人か嘘つき村の人になって下さい。どっちでも好きな方で構いません。
どちらかになったとして、私の質問に答えて下さい。」
「よろしい。質問してみなさい。」

さすがは氷室学級のエース、面白いことを考えたものだ。
さて、どんな質問が飛んでくるのか。

「『先生は私が好き』の答えと、『先生は嘘つきだ』の答えは同じですか、違いますか?」
「その答えは…いいえだ。」

答えを聞いて、満面の笑みを浮かべるの肩を、そっと抱き寄せる。
目を丸くする彼女にそっと囁きかける。

「それで、どっちだと思う?」
「な、何がですか?」
「私は正直者か、嘘つきか。」
「わ、わかりません…」
「そうか。ではこれでは?」

すっかりゆでダコのようになったの頬にそっと口付ける。

「せ、先生ッ!!」
「なんだ?」
「もう、帰りますッ!!」
「そうか、それは残念だな。
ここのことは、君と私だけの秘密だ。他には口外しないように。
また、こんな私に会いたくなったら来なさい。」

逃げるように階段をおりかけただったが、立ち止まって振り返る。

「嘘、じゃないですよね。今の。」

微笑みで答えると、彼女は満足したように階段を降りて行った。

「窓は閉めないようにな!」

私だけのものだったこの空間にあっさりと彼女の侵入を許してしまったが、
それを喜んでいる自分がいる。こんなに素直な私が、嘘つきでなどあるものか。
またここで、彼女と会う時間が早く訪れないかと願っている私が。


Fin


 



別人の先生です(きっぱり)。先生には実は裏がありそうな気がしているので、それを垣間見せる場所を
ちょっと作ってみたかったのです。先生のイメージを著しく崩すものになっているかもしれない…。
主人公ちゃんの質問は、先生に対する挑戦にはこういうのしかないな、って思って作った問題です。
苦労したんですよ。なので解説はしばらく載せません(笑)おまえが一番意地悪だな。



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