コーヒー・タイム

今日は火曜日、もうすぐ5時。今日も彼はとびきりのコーヒータイムを過ごしにやってきます。

喫茶ALUCARD。
週2回、この店のドアをくぐることが半ば習慣になりつつある。
一杯のコーヒーを飲むこと、それが目的であることに間違いはないが
そのコーヒーに他とは違う付加価値が加えられていることもまた事実だ。


「氷室先生!いらっしゃいませ!」
「・・・よろしい。」
「あの・・今日は・・・。」
「ホットコーヒーを一杯もらおう。」
「かしこまりました!」
「待ちなさい。君が淹れるんだろうな?」
「はい、任せてください!」
「結構。」


が淹れた、コーヒー。
何も特別ではないはずなのに、特別に感じる。
私はその香りを十分堪能してから、口をつけた。


私がここを訪れる午後5時過ぎ。
この店はちょうど客の入れ替わりの時間帯らしく、比較的空いている。
他の席の会話に邪魔されることなく、静かに流れるBGMと
一杯のコーヒーを楽しむのにふさわしい時間帯である。
そんなことを考えていると、目の前に人影が立った。

「ここ、座ってもいいですか?」

視線を上げると、が立っていた。
制服姿を見慣れている私には、白いシャツに黒のミニスカートという
いでたちが、少し大人びて見える。

「・・君は、仕事中じゃないのか。アルバイトといえども立派な・・」
「いいんです。先生以外にお客さんいないし。」

確かに、周りは全て空席だ。

「それに、マスターが休憩とっていいよ、って言って下さったんで。」

と言っては外したエプロンを見せる。

「そうか、なら座りなさい。」
「ありがとうございます。」

は嬉しそうに、私の前の席に座る。

「先生、コーヒー好きなんですか? よく来てくださるから。」
「・・そうだな。ここのコーヒーは美味い。君が、淹れているんだろう?」
「そうです。美味しい、って言ってくださってありがとうございます。
でも、まだマスターにはかなわないな、って思うんですよ。」
「いや、私はこれでいい。」
「そんなこと言わずに、次はもっと上手く淹れますから、また飲みに来てください。」
「・・・ああ。君はなかなか向上心があってよろしい。」
「はい、頑張ります。」

どんなベテランが淹れたものよりも、君が淹れた一杯が飲みたい、と言ったら
彼女はどんな反応を見せるだろう。・・・試すつもりは毛頭ないが。

(こんな気障な台詞、言えたものではない・・・。)


「あっ、そうだ。先生、『コーヒー・ルンバ』って曲、知ってます?」
「いや、知らないが。ルンバというと踊りの曲か?」
「うーん、私もこの間マスターに教えてもらったんですけど、なんか昔の歌謡曲だって。」

というとは、いきなり曲を口ずさみだした。



「・・いい声だな。。」
「へっ?」
「なんだ、その反応は。」
「いや、だって、氷室先生が誉めてくれるなんて思わなくって。」
「私は常に物事に対して正当な評価をすることを心がけている。良いものに対しては
惜しみなく賛辞を贈る。」
「あ、ありがとうございます。」
「しかし、このような場所で唐突に歌を歌うというのはどうかと思うが。」
「・・・すみません。」
「いや、怒っているのではない。他に客もいないことだし、いい声ならそれも許されるだろう。」
「良かった・・。」
「それで・・」
「えっ?」
「その曲は、なんなのだ。」
「ああ、そうそう、マスターがね、言うんですよ。
『君の淹れるコーヒーには、本当にそんな不思議な力があるのかもしれないね』って。」
「不思議な力・・・。」

彼女がたった今口ずさんだ曲を頭の中で思い返す。


恋を忘れた哀れな男が 若い娘に恋をした


まさか。
コーヒーにそんな力があるものか。
カフェィンに興奮作用はあっても媚薬作用など・・・。
歌の歌詞を真に受けてどうする。
動揺するな、氷室零一・・・。



「私はちっともぴんと来ないんですけど。先生、このコーヒー飲むと、踊りたくなりますか?」
「そっ、そんなことがあるわけがないだろう。私は踊ったりは・・・。」
「ですよねえ。変な歌だと思いません?」

踊るのではなく、踊らされているのかもしれない、と思った。
私の思いになど全く気付いていないように見えるこの少女の前で、
私は今日も、不器用なステップを踏んでいるようだ・・。


ちゃーん!」
「はいっ!」

店主の声だ。

「悪いんだけど、隣のスタジオから出前の注文なんだ。休憩、もう終わりでいいかい?」
「はい、わかりました!
・・じゃあ先生、ごゆっくりどうぞ。」
「ああ、仕事、頑張りなさい。」
「はい。」


エプロンをつけながらカウンターに向かう後姿を見送り、私はかなり温度の下がってしまった
コーヒーを飲み干した。もうすぐ店が混雑しはじめる時間だ。

カウンター越しにの独り言が聞こえる。
彼女は熱中するとあまり周囲に気を配らない傾向がある。

「えっと、これがカメラマンさんのブルーマウンテン、スタイリストさんのマンデリン、
マネージャーさんのブラジル、で、これが葉月くんのモカ♪、確認OK!
じゃあ、マスター、行ってきまーす!」


葉月?
あの葉月か?
確かモデルをやっているのだったな。仕事場はこの隣なのか。

まさか、葉月も彼女のコーヒーを好んでいる?
いや、数人と同時のオーダーだ。それは考えすぎだ・・・。
しかし彼女が葉月の注文を確認した際、妙に嬉しそうではなかったか?
しかも葉月のオーダーはモカ、モカといえばあの歌の『素敵な飲み物』・・・。
葉月も彼女のコーヒーに虜にされているのでは??

・・・落ち着け。少し混乱しているぞ。
カフェインのせいか??


恋を知らない幸せ男は、混乱した頭を抱えつつ、
意味深な視線を送る喫茶店のマスターに見送られて店を出て行きました。
次に彼がここを訪れるのは木曜日、彼女がまたお店に出てくる日です。







Fin


 



コーヒー・ルンバ、って曲、知らない人のほうが多いでしょうか? 何度もカバーされてるので
それほどマニアックな曲、というわけでもないと思ったんですけど。わからなかったらごめんなさい。
詳しく知りたい方は歌詞検索サイトさんを見ていただくか、コーヒーの写真を探してくださいね。



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