特別容器

喫茶ALUCARDでコーヒーを一杯飲む、そんな他愛ない時間を心待ちにするようになったのは
いつからだったろうか。ウェイトレスとして働くの気配を背中に感じながらアンティークの
コーヒーカップに口を付ける一瞬。広がるまろやかな味わいに柄にもなく口元がほころんだ。

「ここ、座っていいですか」

低い、つぶやくような声に視線を上げると、そこには葉月珪が立っていた。
授業中でもテスト中でもかまわず寝てしまう、それでいて好成績をキープしているという
(寝なければの話だが)私にはなんとも理解しがたい生徒である。

店内を見まわすと、いつになく混みあっていて、空席はないようだ。
それに、葉月のなんとなく物言いたげな、非常に読み取りづらい表情も気になる。

「問題ない、座りなさい。」
「ありがとうございます・・。」

葉月は、非常にゆっくりとした動作で椅子に座った。

「君は、良くここに来るのか?」
「俺、隣のスタジオで仕事してるから・・・」
「仕事?ああ、モデルとかいうやつか。」

この少年が雑誌のモデルをしているという話は聞いていた。それを自分の目で見たことはないが。
しかし、仕事場がこの隣だったとは・・・。

「先生も、良く来てるだろ、ここ・・・。」
「良く、ではない。週に2回ほどだ。」
「・・・それって良く、って言わないか・・・」

ほどなくして、が注文をとりにやってきた。

「先生、相席していただいてすみません。」
「いや、全く問題ない。」
「葉月くんは、いつものモカでいいよね。」
「ああ・・。」
「では、少々お待ち下さい。」

注文をとり終えたは、なかなかカウンターに戻ろうとせず私達二人の顔を見比べている。

「なんだ?コーヒーを淹れに行かなくていいのか?」
「いや、先生と葉月くんって・・・面白い取り合わせだな、って思って。」
「・・・」
「せっかくの機会だから、仲良くお話してくださいね。」

そう言い残し、彼女は店の奥へ戻っていった。

「仲良く・・?彼女は私たちがいがみあっているようにでも思っているのだろうか?」
「俺は・・仲良くするつもりなんかありませんから。」
「なに?」

思いがけない葉月の言葉に、私は眉をひそめた。

「それはどういう意味だ?」
「その通りの意味です。」

確かに、教師と生徒の間を表現する言葉において、「仲良く」というのは当てはまらないかも
しれない。しかし、葉月がそういう意味で言ったのではないことぐらいわかる。

「言いたいことがあるなら言いなさい。」
「・・・」
「言いたくないなら言わなくてもよろしい。」

どうも、この葉月という少年は掴めない。感情表現が苦手、というのはわかるが、
こうまでかたくなだと始末に悪い。この先世間を渡っていけるのか不安が残る。

そう考えていると、が葉月のコーヒーを持って戻ってきた。

「お待たせしました、モカです。」
「ああ・・・。」
「ごゆっくりどうぞ。」

そっけなく応えた葉月の表情が、微妙に変わったのを、私は見逃さなかった。
笑顔だ。この少年が表情を変えるところを、私は初めて見た。この無表情な男に
微笑みをもたらしたものはまぎれもなくだ。そして、それが意味するところは・・・。

「俺、あきらめないから。」
「なに?」
「あいつのこと見てればわかる。今は、先生に分があるってこと・・・。だけど・・・。」
「・・・」
「あいつだけなんだ。俺のこと本当にわかってくれてるの。あいつ、ぼんやりしてるみたいだけど
本当はすごく、気が付くやつなんだ・・・。ほら、これだって・・・。」

葉月はそう言ってたった今運ばれてきたカップを示した。

「この店、オーナーの趣味でいろんなアンティークのカップがあるの、知ってるだろ。
店員がそのとき空いてるカップをランダムに選ぶんだ。だけど、あいつはいつも俺に
このカップを出してくれる・・・。」

葉月のカップには、丸くなって眠る猫の絵が描かれている。

「あいつ、俺の好きなもの、ちゃんとわかってくれてるんだ・・・。あいつがこのカップを
俺に出してくれる限り、俺はあいつのことをあきらめられない。
あいつしか、いないんだ・・・。」
「・・・」
「先生のカップは・・・」

私の前に置かれたカップは白地にブルーで模様が描かれたシンプルなものだ。
葉月のもののように個性的ではない。

「あの棚に並んでるシリーズのうちのひとつだな・・・。」

そう言って葉月が振り返った視線の先を追うと、なるほどカウンターの奥の棚の上に
似たようなデザインのカップが数個並んでいる。

「そのようだな。」
「いつもそれか?」
「大体この手のものと記憶しているが。」
「・・・特別、ってわけじゃなさそうだな。」

葉月の眼の奥に、勝ち誇ったような光がともる。ほう、こんな表情もするのか。
そのとき、店の電話が鳴った。が出る。

「葉月くーん、スタジオからお電話。休憩、もうおしまいだって。」
「・・ああ。」

葉月は、コーヒーを一気に飲み干すと、無言で席を立った。

、コーヒー、うまかった。また来るから。」
「お待ちしてます。お仕事頑張ってね。」
「ああ・・・。」

葉月が店を出ていくのを見届けると、私は自分のコーヒーを飲み干した。



葉月、君には悪いが、このカップもまた特別なのだ。

外見では普通のカップと何も変わらないように見えるが、
カップの底に透かし模様が入っており、中のものを飲み干し、光にかざすと
そのメッセージが読み取れるようになっている。

はこのカップを使って、さまざまなメッセージを私にくれた。
私が心なしか疲れているときには "Cheer you up"
苛立っているときには "calm down"
ため息をついたときには "don't worry"・・・

そして今日は・・・
私はカップを光にかざしてみた。底に浮かび上がったのは・・・

「I Love You」

(!!)

驚いてカップを取り落としそうになった。震える指を押さえつつ、ソーサーにカップを戻す。
視線を感じて振り返ると、頬を染めたがそっぽを向いた。

空のカップを見つめながら、また柄にもなく口元がほころぶ。勝ち誇った不敵な笑みで・・・・。


Fin


 



VSモード第3段、葉月珪くんです。今回は場外乱闘(違)、喫茶店でのお話です。
VSモードのタイトルを漢字四文字にしようとしてなんか変なタイトルにしてしまいました・・。
話に出てくる透かし入りのカップ、っていうのは一応実在します。とっても素敵なものです。
正式名称がわからなくて調べたんですけど、結局不明・・・。ご存知の方いますでしょうか?
写真は私が持っているティーカップの写真です。底の花模様が透かしになっています。
(もちろんアンティークではなく新しいものです。)



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