ドライブをしよう。(前編)  教会を出ると、そこには暖かい3月の日差しがあふれていた。教会の薄暗さに目が慣れていた私は、まぶしさに思わず右手を額にかざし、立ち止まった。  「どうした? 広院。」  「ちょっと、まぶしくて。」  「そうか。ならば・・・」 急に、左手が温かくなった。氷室先生が私の手を握ったのだ。  「これなら多少見えなくても歩けるだろう。さあ、出発するぞ。」  「は、はい!」  今まで何度か先生とは手を繋いだことがある。体育祭のフォークダンスに初詣・・・。でも今までは、先生が差し伸べてくれた手に私がつかまってきた。今日は先生が自ら私の手を取ってくれた。些細な違いではあるけれど、今日からの私たちの関係が、確実に変化する前触れのようですごく嬉しくなった。 (恋人気分、でいいんだよね?)  氷室先生は長いコンパスで教職員駐車場目指し一直線に歩いていく。手を引かれる私は少し小走りにならないとついていけない。  「せ、先生、ちょっと歩くの速いんですけど・・・。」 先生はピタッと止まると、振り向いて言った。  「済まない・・・。どうも気が急いてしまって。君の身体的特徴を考慮していなかった。」  「はあ。時間はたっぷりあるんですから、ゆっくり歩きませんか? 私、先生にはいつも『急ぎなさい。』って言われてたような気がします。」  「そうだな。何も急ぐことはない。君の言う通りだ。」 そう言うと先生はいまだかつてないほどゆっくりと歩き出した。女の子速度よりさらに遅いそのペースにたまりかねて、  「先生、いくらなんでもこれは遅すぎます・・・。」 というと、先生は  「そうか?・・・どうも加減がわからん。」 といって少し照れくさそうにした。 (氷室先生ってこういうとこかわいいんだよね・・・。)  駐車場に着くと、氷室先生は助手席のドアをさっと開けてくれた。何度も見た動作だけれど、今日はまた一段とかっこよく見える。見とれていると  「広院、早く乗りなさい。」 と、いつものお小言口調が飛んできた。でも、少し語調が柔らかい。怒られたのに満面の笑みを浮かべて、私は車に乗った。  「シートベルトを締めなさい。発進する。」 小気味良いエンジン音を響かせ、車は走り出した。  「先生、これからどこへ行くんですか?」  「・・・」  「先生?」  「コホン、広院。・・先生、というのはやめにしないか?」  「えっ?」  「今日、卒業式を迎えたといっても、もちろん君が私の自慢の生徒であることに変わりはない。しかし、こういう状況で君に先生と呼ばれることに私は抵抗を感じている。つまり、私は、君の前では、その・・一人の男でいたいんだ。」  「そうですね。私も単なる生徒のままじゃ嫌ですもん。あっ、でもなんて呼んだらいいでしょう?」  「君の、好きなように呼べばいい。先生以外でな。」  「えーっと。じゃあ、『零一さん』?」  「・・・よろしい。」 氷室先生の顔は真っ赤で、すごく嬉しそうだった。 (私、幸せかも♪)  「そうだ、せん、零一さんも私のこと、名前で呼んでくださいね。」  「な、名前か、そうだ、そうだな。君に呼び方を変えさせたのだから、私もまた変えねばならないだろう。」  「じゃあ、呼んでみてください♪」  「・・・・・・」  「れっいいちさん♪」  「・・・・・・咲・・・・」 車のスピードが一段階速くなって、私はシートに体を押し付けられた。零一さんはまっすぐ前を見たまま、照れたような、喜んでいるような微妙な表情を浮かべている。私はそんな横顔に見とれていた。 (見るな、って言っても見ちゃうもんねっ。) 「ところで、これからどこへ行くんですか?」 〜後編に続く〜