ドライブをしよう。(後編) 「ところで、これからどこへ行くんですか?」 「・・・君を最初に連れ出した場所だ。覚えているか?」 最初?最初って、どこだったかな? 「覚えていないのか?・・・」 「そんなことありません!」 「それなら早く答えなさい。」 零一さんはちょっと不機嫌そうな表情になっている。私ったらこんな日にに印象悪くしちゃったら、一生の不覚。早く、早く思い出さなきゃ。 「あっ、もしかしてあの景色のきれいなところですか?」 「正解だ。」 零一さんは微笑を浮かべる。良かった、間違えなくて。 「あの光の現象を見るには、まだ少し時期が早いが、普段もいいところだ。それに・・・。」 「それに?」 「あの場所は私にとって大切な場所だ。私がいくら完全とは言っても、ストレスはたまる。それを解消する場所だ。一人で、ただ景色を眺めていると自然に雑念が消えていく。自分の内面と向き合える場所だと思っている。あの場所に誰かを連れて行ったのは・・・コホン、、君が初めてだった。」 「そうなんですか?」 「あの時は、君があまりにも疲れた顔をしていたので気まぐれを起こした、と思っていたが、後々考えてみると自分の大事な場所に誰かを連れて行く、という行為はすなわちその相手に好意をもっている、ということではないかと・・・」 「じゃあ、あの時からせん・・零一さんは私のことを意識してくれてた、ってことですか?」 「そういう言い方もできる。」 そんなに前から、意識されていたとは思っていなかった。私は、入学したときから零一さんが好きだったけど、零一さんはずっと厳しくて、誕生日プレゼントもバレンタインチョコもなかなか受け取ってくれなかった。社会見学、と言って誘ってくれるようになったのはずいぶん後の事だったし、今日、伝説の教会で告白してくれるなんて思ってもいなかった。だけど、そんなに前から意識してもらえてたなんて、私が相当鈍感だった、ってことかな? (ずっと見ててくれたんだなあ・・・) 話に夢中になっていると、急に車が止まった。窓の外を見ると、そこは私の家の前。 「あの・・・、帰れってことですか?」 「その格好で、その・・デートはまずいだろう。」 そういえば、制服姿だった。しかも胸にはバラの造花までついている。 「待っているから、着替えてきなさい。」 「わかりました。急いで着替えてきます!」 「焦らなくてもよろしい。」 「はい。」 零一さんの手前、玄関に入るまではゆっくりと歩いていたけど、ドアが閉まるやいなや、自分の部屋に向かってダッシュした。尽がごちゃごちゃ言っているけど、かまっている暇はない。 タンスを開くと、零一さんの好きそうな服をコーディネートする。あまり薄着をするとまた体脂肪がなんとか、って言われそうだから、きちんと防寒対策も忘れない。3月になったばっかりだから、まだまだ寒いしね。 お母さんに出かける旨を伝え、もう一度鏡で全身をチェックしてから急いで玄関へ行くと、尽がニヤニヤしながら行く手をふさいだ。 「姉ちゃん、デートか?」 「うるさいなあ、あんたには関係ないでしょ?」 「あの車は、氷室先生のだよね。」 「そ、そうよ。悪い?」 「手強い先生を良く落としたねえ。うまくやりなよ。」 「子供は黙ってなさい!ほら、出かけるんだからどいて!」 「ちぇっ、いつか俺が弟だってこと、後悔させてやるからな!」 わめく尽を押しのけ、玄関を飛び出す。助手席のドアに近づくと、零一さんが手を伸ばしてロックを外してくれた。 「すみません、お待たせしました。」 「構わない。ふむ・・・・。」 「・・・あの、なにか?」 「氷室学級の・・いや、コホン、氷室零一の、その、何・・・。」 「零一さん?」 「ひっ氷室零一の恋人にふさわしい服装だ!」 (・・声が裏返ってる・・) 零一さんはすっかり真っ赤になってしまった。 「ありがとうございます♪これからもそうあるように心がけます。」 「そうか・・・。コホン、シートベルトを締めなさい。発進する。」 車は再び走り出した。思い出の地へ向けて。 程なくして、目的地に到着。道がすいていたせいもあり、零一さんはすっかり調子を取り戻したみたいだ。 「この場所は、地学的に見ても非常に興味深い。あの地層を見なさい。あの層の走行から、ここでは太古に大幅な地殻変動が起こったことがわかる・・・。」 「・・・」 「どうした?」 「いえ、なんでもないです。」 「なんだ、言いたい事があるならはっきり言いなさい。」 「はい・・。なんだか課外授業みたいだなって。」 「・・そうか。すまない。正直に言うが、実は何を話してよいものかわからないんだ。私は勉学の知識は豊富だが、その他の、例えば女性が喜びそうな話題などは全く知らない。つまらない、男だ。」 胸が、痛くなった。いつも完璧な先生だった零一さんが、今、私の前でこんなに弱い姿でいる。自然に、涙がこぼれてきた。 「な、何故泣いている?」 私は、零一さんの胸にしがみついた。 「こら・・・」 「・・・話なんて、しなくていい・・・」 「なに?」 「言葉なんて要らない。ただ、こうやってそばにいればいい。本当の零一さんが、知りたい。」 「・・・。」 零一さんの両腕が、ぎこちなく私の背中に回される。少しずつ、力がこもってくる。少し苦しいくらいに抱きしめられる。零一さんの心臓の鼓動が伝わってくる。早いリズムは次第に落ち着きを取り戻し、私の鼓動とシンクロした。 どのくらいそうしていたのか、気付いたときには既に辺りは暗くなっていた。 「、もうそろそろ帰らねば。ここは夜になると急速に気温が下がる。」 「・・はい。」 車に乗り込み、改めて零一さんの顔を見ていると、なんとなく照れくさくて、言葉がかけられない。零一さんもさっきから黙ったままだ。エンジン音だけが低く響く中、沈黙は続いた。 そんな状態で数十分、ついに耐えられなくなった私は口を開いた。 「あの・・」 「ところで、」 二人の言葉が重なった。 「何だ?君からいいなさい。」 「いえ、お先にどうぞ。大したことではないので。」 「そうか?ならば私から言おう。君は、春休みの予定は何か立てているか?」 「いいえ、特には。大学の学用品の準備はするつもりですけど。」 「それはいつだ?」 「いえ、まだ具体的には・・」 「君はいつも無計画だな。」 「すみません・・」 「いや、叱っているのではない。そのおかげで、私は気兼ねなく君を誘える。」 「えっ?」 「これからの君の予定は、極力私が立てることにする。構わないか?」 「は、はい!」 「ところで君の用件は何だ?」 「あの、春休みはどう過ごすんですか、って聞こうと思ってました。」 「そうか、大丈夫だ。君のために全部空けてある。」 そう言うと零一さんはとても楽しそうに笑った。こんなに強引かと思えば、急に自信喪失したり、まだまだ零一さんはつかめない人だ。これからゆっくり、時間をかけて零一さんを知っていきたい。 (いつか、「氷室零一の研究レポート」を提出したら、喜んでくれるかな??) 「だいぶ、遅くなってしまったな。親御さんに心配をかけてはいないだろうか。」 「大丈夫です。ちゃんと先生と一緒に出かける、って言って来ましたから。」 「先生、と・・」 「正確に言えば、『今日から氷室先生とお付き合いすることになって、これからデートに行ってくる』って言ったんですけど。」 「そんなことを言ったのか!?」 「はい。最初ぽかんとしてましたけど、氷室先生なら大丈夫ね、って母は納得してました。問題は・・父かな。」 「・・・いずれ、きちんとご挨拶をしなければならないだろうな・・・。」 「そうしてください♪」 やっぱり、歳のことって気にしてるのかな。私は『愛があれば歳の差なんて』って思ってるけど、他人から見ればそうも行かないこともあるだろうな、って思う。だけど、この気持ちは揺るがないはず。だって、零一さんは私を迎えに来てくれた王子様だもん。 (零一さんもそう思ってくれてるよね?) 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。 「着いたぞ。」 「・・降りたくない・・」 「何か言ったか?」 「いえ、なんでもありません。」 零一さんはさっさと運転席を降りて、車の前を回り、助手席のドアを開けてくれた。なるべくゆっくりとした動作で車を降りる。 門扉の前で立ち止まると、零一さんがじっと見つめている。 「・・・・・」 「零一さん?」 「いや・・」 「?」 いつもみたいに、さっと帰ってしまうんだろうな、と思っていた。次の動きは、ちょっと予想できなかった。 「!!!」 「・・・おやすみ、。」 「な、な、、」 「おやすみ。」 「あ、おやすみなさい・・。」 「よろしい。また連絡する。」 そう言うと零一さんは振り返ることなく車に乗って行ってしまった。 玄関先で私はしばらく立ちすくんでいた。 今、何があったの? じっと私を見ていた零一さんの顔が、近づいてきて・・・。 ほんの一瞬。 暖かくなったおでこ。 (・・・お休みのキス、だよね。) おでこに手を当てて、ぼんやりしていた私に、尽が声をかけた。 「姉ちゃん、寒いのにそんなとこに突っ立って何してんだよ? おでこに手なんて当てて、熱でもあるのか?」 「ち、違うわよ。ちょっと考えごとしてただけ。それよりあんた、まさか・・・?」 「なに?何の話?」 「わかんなきゃいいのよ。」 もしかしたら、さっきのを尽に見られたかもしれない、って思ったけど、どうなんだろう?油断ならない子だから・・・。 尽のせいで余韻を台無しにされた初デートだったけど、また新しい零一さんを知ることができた。すごくシャイなくせに、時折強引で、予想もつかない大胆行動に出たりして。次のデートが待ち遠しくなる。きっと、こんな電話がかかってくるだろう。 「コホン、氷室だ。・・・ドライブをしよう。」 Fin 〜前編に戻る〜 |
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