Listen to me 「花火大会に行きたいんです。」 私の部屋を訪れた広院咲はソファに腰を落ち着けるやいなや、そう切り出した。私の生徒だった頃から、彼女の話題は唐突だ。私が黙っていると、彼女は続けた。 「高校生の頃から、一緒に花火が見たい、って思ってたんです。だけど、先生は誘ってくれなかったし、私から誘うわけには行かなかったし、まして他の人となんて行きたくないから、いつも音だけで我慢してたんです。だから、今年は絶対、花火大会に行きたいんです。」 「しかし、あの人ごみは・・」 「仕方ないですよ。年に一度のイベントなんだから。人ごみを掻き分けてこそ、花火を見る意義があるんです!」 「そうは思わないが。」 「たとえそうじゃなくても、きれいな花火を見に行きたい、って思わないんですか?」 「花火は確かに美しいと思う。しかしやはり人ごみが・・・」 「人ごみ人ごみって!行きたくないならそう言えばいいじゃないですか!」 「何をそんなに興奮しているんだ?」 「だって、夢だったんだもん。先生と花火大会に行くの!!」 「広院・・・。」 「もういいです!帰ります!」 広院はそう吐き捨てるように言うと、部屋を出て行ってしまった。なぜそんなに機嫌が悪いのか? 私はとにかく急いで彼女を追いかけた。 マンションの廊下で、彼女を捕まえる。振り返った彼女の瞳には、涙が溜まっている。 「なぜ泣く?」 「・・・」 気付くと、私は彼女を腕の中に抱きしめていた。 「・・咲、泣かないでくれ。」 わずかに抵抗する彼女を強く引き寄せる。 「君は、いつも人の話を最後まで聞かない・・・。」 「・・・」 「行きたくない、とは言っていない。むしろ、君と花火を見たいと思っていた。」 「・・本当?」 「ああ。しかし私は人ごみが苦手だ。だから・・・」 「だから?」 「はばたきタワーの展望レストラン、があるだろう。あそこの窓際の席を予約した。落ち着いて花火が見られる、特等席だ。」 「・・でも、あそこって半年前から予約で一杯なんじゃ?」 「・・・」 「もしかして、私のために・・?」 「・・そうだ。」 胸に押し付けていた顔をあげて、彼女は私を見つめて微笑む。 「嬉しい!」 彼女の瞳からはまた涙がこぼれた。 「だから、泣かないでくれ・・。」 「これは嬉し涙です!」 「涙の種類など関係ない、私は、君の涙を見ると混乱する・・。」 「いいの、混乱して。」 「・・とにかく、部屋に戻ろう。君を追いかけてきたので、施錠していない・・。」 私にしがみついたままの彼女を半ば引きずるようにして、部屋まで戻った。 まだ時折しゃくりあげる彼女をソファに座らせ、私も隣に腰掛ける。一瞬、躊躇したが、そっと彼女の肩に腕を回した。 「なぜ今日はそんなに機嫌が悪いんだ?」 「だって・・」 「話してみなさい。」 「奈津実が・・」 「藤井か?」 「そう、奈津実が姫城君とのこと自慢して、それで『あんたも浴衣ぐらい着てヒムロッチのこと誘惑してみたら?』なんて言うから・・・」 「・・なんということを・・」 「ごめんなさい。」 「いや、謝る必要などない。」 浴衣など着なくても、充分誘惑されている。こうして隣に座っていることがどれだけ私の理性を刺激しているか、君はまだ知らない。 「あっ、レストランに行くんじゃ、浴衣、着られませんよね。うーん、楽しみにしてたのに。来年は、レストラン予約しなくていいですから、普通に浴衣着て花火大会行きましょ、ねっ。先生も浴衣、用意しておいてくださいよ!」 「君は・・」 また人の話を聞かない、と言いかけて止めた。 花火大会当日は、浴衣での入店が許されることを私は確認済みだ。自分の浴衣の準備も既にしてある。しかしそれを彼女に今伝えてしまうより、来年の約束を取り付けたほうが得策かもしれない、と思ったのだ。彼女のスケジュールを、私との約束で全て埋めてしまいたいから・・・。 Fin