Open the Door あと3分・・・。 部屋のデジタル時計が、無機質に時を刻むのを眺めながら、は思った。 (もう・・・本当に固いんだから・・・) あと数分で、日付が変わる。 訪れるのは、氷室の誕生日。 (こんなはずじゃ・・・なかったのにな・・・) 数日前。 氷室に『日付をまたいだ誕生日パーティ』を提案したは、案の定、氷室の猛反対にあっていた。 ・ ・ ・ 「・・・いいじゃないですか!」 「ダメだ。」 「だって、一年に一度しかないんですよ!」 「ダメなものはダメだ。」 「父と母の許可は取りました。」 「・・・。だとしてもだ。」 「反対する理由を教えてください。」 「理由? 君はまだ未成年だろう。」 「ですから、保護者の許可は取り付けています。」 「しかし・・・。」 「しかし、なんですか?」 「・・・とにかく、私は自分の誕生日というものをそれほどまでに重要視していない。 そんな風に祝ってもらわなくてもよろしい。以上だ。」 「・・・。」 「なんだ?何か言いたいことでもあるのか?」 「零一さんは、私が一人で夜の街を徘徊してもいい、と言うわけですね。」 「!? どういうことだ?」 「私が先生の誕生日の計画を両親に話したら、ちょうどいい機会だから、って 二人は尽を連れて、旅行に出かけるそうです。 そうすると私は家に一人なので、つまらないから夜の街に繰り出そうかと。」 「なっ、何故そんな・・・。だいたい、6日は平日だろう。尽君は学校を休むのか?」 「偶然にも、尽の学校の創立記念日に重なったんです。だから欠席ではありません。」 「だからと言って、街に繰り出さなくてもいいだろう、家に居ればよろしい。」 「だって、家に一人きりなんて寂しいです。 ああそうだ、カンタループのマスターにいつでもいらっしゃい、って言われていたから、お店に行こうかな。」 「益田の店? ダメだダメだ、それは絶対にダメだ。」 「どうしてですか?」 「・・・あそこは酒を出す店だ。未成年の君が出入りするところではない。」 「零一さんのお友達のお店なんですから安心です。マスターさんは未成年にお酒を出すようなことはしません。」 「そういう問題ではない。君が他の酔客に絡まれたりでもしたら・・・。」 「じゃあ、零一さんも一緒に行ってくださいますか?」 「・・・ダメだ。」 「それじゃあやっぱり夜の街に・・・。」 「・・・わかった。君の計画を一部受け入れよう。」 「本当ですか?」 「ああ、ただし、一部だ。」 「一部って、どこが却下されたんですか?」 「『日付をまたいだパーティー』だ。」 「そこが重要なんじゃないですか!」 「百歩譲って5日に私の家に泊まることは許そう。しかし深夜まで起きていることは許可できない。 何故だかは・・・わかるな。」 「就寝時間は守らなければならない、からですか?」 「その通りだ。」 「・・・。」 これ以上の譲歩は得られないだろうと判断し、は妥協案を飲むことにした。 そして誕生日前日、11月5日。 ・ ・ ・ 「パーティは午後7時開始、午後9時に終了だ。 終了後、後片付けを済ませ、午後10時には就寝だ。いいな。」 「はい・・・わかりました・・・。」 そんな宣言のもと、バースデーパーティーは開始された。 一応、パーティー料理やバースデーケーキは用意したものの、 双方のテンションが低いので、今ひとつ盛り上がらない。 せっかく選んだプレゼントも、 「私は学生がこのような出費をすることには、感心しない。」 なんていうお小言付きでは、悲しくなるばかり。 (はあ・・・。やっぱり、適当なレポートかなんかにすればよかったかな・・・。) ついつい溜息が出てしまう。 時々氷室の顔を見つめてはみるが、もともと表情の読みづらい氷室は、どう思っているのかわからない。 そして時間は無情にも過ぎていき、午後9時。 「…片付けましょうか。」 「そうだな。」 「……零一さん。」 「なんだ?」 「今日、楽しかったですか?」 「・・・君と過ごす時間はいつでも有意義だと思っているが。」 「そうですか。それならいいんですけど。」 それっきり、二人は無言で片付けを始めた。 皿洗いの無機質な音だけが部屋に響く。 いたたまれなくなってきたは、どうにかこの場を逃れたいと、作業の手を早めた。 「さて、。・・・君は今夜、私のベッドを使いなさい。」 「零一さんはどうするんですか? 」 「私か?私はリビングのソファーで寝る。もともとベッドとしても使用できる構造なので問題ない。」 「・・・・・・。」 「何か言いたいことでも?」 彼の家にお泊りするのだから、当然、起こるべきことがあると思うのだけれど、 自らそれを回避した氷室にまた溜息をつきたくなる。 ここで「一緒に・・・」などと言い出したら、どんな悲劇を呼ぶかわからない。 「だったら私がソファーで寝ます。」 「それはダメだ。」 「どうしてですか?」 「リビングには鍵がかからないからだ。」 「鍵?」 「そうだ。君は私の寝室に鍵をかけて寝なさい。」 「なぜそんなことを?」 「それは・・・理由などどうでもよろしい。」 「・・・・・・。」 「わかったらさっさと寝る! 就寝時間まであと5分だ。」 「・・・はい。」 「よろしい。」 と、こんな経緯で強制的にベッドに押し込まれてしまった。 しかし、眠れるわけがない。 普段の就寝時間よりかなり早い、というのも理由の一つだが、 氷室のベッドで、全身を氷室の香りに包まれて、一人で眠れるわけがないのだ。 (もう・・・何もわかってない・・・) 氷室の部屋のデジタル時計は、冷たい緑色の光を放ちながら時を刻んでいる。 ・ ・ ・ (あと2分・・・。) は、そっとドアノブに手をかけた。 音がしないよう、そっと鍵を外す。 そしてゆっくりと、リビングに続くドアを開いた。 ソファーに、氷室が寝ている。 耳を澄ますと、規則正しい寝息が聞こえてくる。 (起きない・・・よね。) 足音を忍ばせて、そっと近づく。 あまり見たことのない、無防備な表情。 (そーっと・・・そーっと・・・。) ソファーの脇に跪いて、氷室に近づく。 リビングにもデジタル時計。 11/05 23:59:50 そっと、顔を寄せる。 11/05 23:59:57 (零一さん・・・。) 11/05 23:59:59 唇を、合わせる。 11/06 00:00:00 (お誕生日・・・おめでとう・・・。) ・ ・ ・ は、出てきたときと同じように、そっとリビングを横切り、寝室に戻った。 外へ出たことを悟られないよう、きちんと鍵も元通りにかける。 そしてまた、眠れないベッドへもぐりこんだ。 (ばれてない・・・よね・・・。) ・ ・ ・ そして。 リビングでは、氷室が静かに起き上がっていた。 (やはり・・・な。) どうやら、の行動は、見透かされていたらしい。 (金のかからない、いいプレゼントだ・・・。) (それにしても私は、ずるい大人だ。) の望みは、最初からわかっていたし、同時に氷室自身の望みでもあった。 しかし氷室の教師のバリアの最後の一枚が、自分ではどうしても外せなかった。 (結局また、君の力を借りてしまったな。) (だがこれで俺は、自由だ。) 眠り姫を目覚めさせたキスのように、のキスが、氷室を変えた。 氷室の中の、正直な部分を呼び起こしたのだ。 (さて・・・) 就寝時から握り締めていた右手を、そっと開く。 手の中には、小さな銀色の鍵。 新しい零一の、扉を開く、鍵があった。 Fin |
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