挑発芸術


ある日の放課後。
私は校内にの姿を探していた。
週末に、彼女をドライブに誘うために。

教室はもちろん、廊下、階段、昇降口、図書館、体育館、
音楽室、裏庭、屋上、心当たりのありとあらゆるところを探した。
しかし、見つからない。彼女の靴がまだ下駄箱にあるところを見ると
まだ校内にいるのは確実なのだが…。

下校時間も迫り、校内の人陰もまばらになってきている。どこかですれ違って
しまったのかと諦めかけた時、ある教室から聞き覚えのある声がした。

「ねえ、もう恥ずかしいよぉ、こんな格好…。早くしてぇ。」

確かにの声だ。ここは…美術室。誰と、何をしているんだ?

「もう少しの我慢だよ、キミはそうしているのが一番美しいんだから…。
ああ、ちょっと待って。そこはそうじゃなくって…」
「やぁん、くすぐったいよ、三原くんっ!」

(!!)

まさか、が誰かと不埒な行為を…?
不安に矢も盾もたまらず、派手な音を立てて扉を開く。

「な、何をしているッ!」

そこにいたのは、体操着を着て机の上で海老ぞっていると、
デッサン用の木炭を握っている三原色だった。

「氷室先生!」

は慌てて起き直る。

「恥ずかしいところ見られちゃったな…」
「恥ずかしいことなんかないさ。キミは美しいんだから。
それより氷室先生、ずいぶん乱暴な登場じゃないか。ミューズが驚いて逃げてしまうよ。」
「…それは、すまなかった。」

天才少年芸術家と世間にもてはやされているこの少年のことを、私は今一つ理解できていない。
芸術家気質と呼ぶべきものなのだろうが、私には支離滅裂としか感じられない。

「ここで、何をしていた?」
「見ればわかるじゃないか、彼女にボクの作品のモデルになってもらっていたんだよ。
この学園で、彼女ほどボクの製作意欲をかき立てる人はいない。
マミーにはかなわないけど、彼女はとても美しいよ。そうは思わないかい?」
「み、三原くん!!恥ずかしいからやめてよ…」
「コホン、私は、造作の美醜についてコメントするつもりはない。
三原、君はここでをモデルに絵を描いていた、それだけだな。」
「ハハハ、ボク達を疑ってるのかい? さあ、どうだろうね?」
「なっ…」
「三原くん! そんな誤解されるような言い方しないで!
先生、本当に絵を描いていただけです! 変な格好はさせられたけど…
三原君、どんな絵を描いてるか全然見せてくれないし…」
「そ、そうか。ならばよろしい。さあ、二人とも、もう下校時間だ。片付けて帰りなさい。」
「そうだね、すっかり邪魔されてしまったからね。今日は終わりにしよう。」
「邪魔とはなんだ、邪魔とは。」
「それ以外にどう言えばいいんだい?」
「三原くん! 失礼よ。先生、すみません。」
、君が謝ることではない。三原、言葉遣いには気をつけるように。」
「どうしてだい? ボクは普通だよ。」
「三原くん!!」
「…もうよろしい。、君はその体操着を早く制服に着替えて来なさい。
三原、君はカンバスを片付けるんだ。」
「あ、はい! じゃあね、三原くん!」

はバタバタと美術室を出て行った。
残った三原もしぶしぶと言った感じで片付けを始めた。

「きちんと戸締まりもして帰るんだぞ。では私は失礼する。」
「ちょっと待って。先生は彼女がなぜあんなに美しく輝いているかわかっているかい?」
「なんだと?」
「彼女が美しいのはね、恋をしているからだよ。」

そう言って三原は描きかけのカンバスをこちらへ向けた。
そこには、天使の羽根を付けたが微笑みを浮かべて、前方に手を差し伸べる姿があった。
三原の画力によるものも大きいのだろうが、その姿は息を飲むほどに美しい。
…ただ、薄衣を一枚まとっただけの姿、というのが気にはなるが…。

「美しいと思わないかい? ボクには彼女がこう見えるんだ。」
「ああ、私は美術には明るくないが…素晴らしい。君に対する認識を新たにした。」
「それだけかい?」
「それだけ、とは?」
「彼女が何に手を差し伸べているのか気にはならないかい?」

三原の言う通り、彼女が手を差し伸べている先には大きくスペースが空いている。

「それは、君の絵だろう。私には想像もつかない。」
「…本当にわからないのかい? がっかりだな。」
「どういう意味だ。」
「本当は…ボク自身をここに描きたいんだ。彼女が求めているのはボクであるはずなんだ。
だけど…ミューズはボクに偽りを許してはくれない。ボクは嘘を描けない…。
ここに描かれるべきなのは…。」
「……」
「彼女の、恋の相手さ。」

三原はそれきり黙り込んで、画材の片付けを始めた。
の恋の相手、その答えを問いつめたい衝動にかられたが、そうさせない雰囲気を
三原は漂わせていた。居心地の悪さを感じた私はそこから立ち去ろうとした。
すると三原は、私に背を向けたまま私に話し掛けてきた。

「ねえ、先生、もしも、時間があったらでいいんだけど…
ボクの絵のモデルを引き受けてもらえないかな…?」
「私が、か?」
「そうだよ。先生にしか…できないんだ。」

そういって振り返った三原の表情はとても真剣で、きっぱりと断るつもりだった
私の気持ちを揺り動かした。

「考えて…おこう。」
「ありがとう…」

私の返事に微笑んだ三原の表情は、なぜか泣いているようにも見えた。
芸術家の表情というものはかくも複雑なものなのだろうか…。

「あ、そこの鞄、彼女のだから、先生持って行ってあげてよ。
ボクは、ここの片付けをしなければならないしね。」
「ああ…わかった。」

鞄を手に美術室を出ると、ちょうどがこちらへ向かってくるところだった。

「あ、先生。」
。君の鞄だ。」
「あ、ありがとうございます。…先生、どうかしましたか?
三原くんがまた失礼なこと言ったとか?」
「…いや。そんなことはない。なぜ、そう思う?」
「いえ…ちょっと…複雑な表情されていたから。」
「そうか? 無表情と言われるのには慣れているが…」
「先生は無表情なんかじゃないですよ。むしろ分かりやすいっていうか。」
「なんだと?」
「いえ、何でもありません。」
「……。さあ、もう遅い。車で家まで送って行こう。」
「ありがとうございます!お言葉に甘えて。」
「よろしい。では駐車場まで来なさい。」

駐車場へと向かいながら、私は言いそびれていた言葉をやっと口にした。

「…次の日曜、予定は空いているか?」


Fin






色サマ。最初はめちゃめちゃ挑発的なんだけど、後半はすごく切ない感じにしてしまいました。
でも、陰と陽がはっきり分かれる人だと思うんですよね、彼は。今回はVS相手を一番きれいに書けたSSかも。
この絵がどうなるかっていう事も書こうかと思ったんですが、この話では蛇足っぽいので止めました。
いずれ、登場するかもしれません。そのときまで皆さんがこの話を覚えててくれるのかなあ?(笑)



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