一球勝負


はばたき学園は試験期間中である。
本日の試験日程はすべで終了し、生徒達は既にほとんどが下校していた。
見回りを兼ね、閑散とした校内を歩いていると、体育館から館内を走り回る
足音が聞こえる。まだ残っている生徒がいるなら注意をしなければならない。
私はまっすぐに体育館に向かった。

入り口から中を覗き込むと、そこにはバスケットボールに興じる一人の生徒がいた。

鈴鹿 和馬。

補習授業の常連。バスケットが自分の全てと豪語しているらしく、
実力もそこそこにはあるが、彼の夢であるアメリカ留学にはいかんせん
学業成績が足りなすぎる。その鈴鹿が試験準備もせず、こんなところで
バスケットボールに興じているなど言語道断だ。私は迷わず声を掛けた。

「鈴鹿!」
「げっ、氷室!」
「げっ、ではない! 試験期間中の部活動は禁止の筈だが?」
「毎日やらないと体が鈍っちまうんだよ!」
「数日やらなかったからと言って、君の頭程は鈍らないと思うが?」
「バスケには勉強なんて関係ねえんだよ!」
「関係ないはずはない。戦略を練るにも周囲とコミュニケーションを取るにも
ある程度の知識や経験が必要だ。無駄なことなどない。」
「うるせぇよ!」

そう言うと鈴鹿は、再びボールを操り始めた。

「こら!君は人の話を聞いているのか? 早く片付けて試験準備のために帰宅しなさい!」
「…ばらすぜ?」
「なに?」
「俺、知ってんだぜ、あんたの秘密。」
「私には秘密などない。」
「そうかよ? 先週の日曜日、俺、見たんだけどなあ。」
「先週の日曜日…?」
とあんたがデートしてるところをさ。」

(!!)

確かに先週、私はを連れ出してドライブに出かけた。
しかしはばたき市からかなり離れた場所まで足をのばしていたから誰かに見られるという
心配はないと思っていたのだが…。

「先週、遠井市でバスケのイベントがあったんだよ。スター選手と観客が3on3できるとかさ、
バスケ好きにはたまんないイベントだったんだけどさ。まあ、それはどうでもいい話さ。
で、だ。イベントが終わって街をうろうろしてる時にさ、なんかばかでっかい男とちっこい女の
不釣り合いなカップルがいるな、ってよくよく見たらさ、あんたとじゃないか。
俺、しばらくつけてみたんだけどさ。腕なんか組んじゃって、ものすごく、楽しそうだったぜ。」

知人に見られる心配がないから、と腕を組むことを許したのはやはり失敗だったか…。

「あ、あれは…」
「社会見学、っていうんだろ? あいつも同じこと言ってたぜ。」
「な、君はに…?」
「月曜日にさ、あいつに言ったんだよ。昨日見たぜ、って。そしたらあいつ真っ青になってさ、
「絶対言わないでっ!」って泣きそうになって頼むんだよ。あいつのあんなに焦った顔、初めて見たぜ。
だからさ、俺、調子にのってさ、「言いふらされたくなかったら、俺とつきあえよ」って言ったんだ。
そしたらあいつ、一も二もなく頷いたぜ。健気だよな、あんたを守るためにさ。」
「…馬鹿な。」
「本当だよ。俺、あいつのことけっこう気に入ってたからさ、ラッキー、って感じだよな。
ま、俺はバスケが本命だから、適当に、ってことになると思うけどな。」
「そんなことが…許されるわけがないだろう…!」
「だけどあいつが承諾したんだから、それが事実だよ。それよりさ、あいつはあんたのために
ここまでしたんだ。あんたが俺のバスケを見逃すぐらい、なんでもないよな。」
「それとこれとは、話が別だ!」
「別じゃねえよ。交換条件だ。」
「そんな脅しに、私が屈するとでも思っているのか?」
「いいのか? 問題になったら、あんた教師じゃいられないかも知れないぜ?」
「私には、何もやましいことなどない。問題になろうと、私は自分の主張を通す自信がある。」
「そうかよ。じゃあ、俺は俺の好きにさせてもらうぜ。」

鈴鹿はまた、バスケットゴールに向かおうとした。

「待ちなさい! どうすれば君はそれをやめて家に帰るんだ!」
「どうすれば? そうだな、あんたが俺と勝負して勝ったら、素直に帰ってあげてもいいぜ。」
「…勝負だと?」
「そう。俺からシュート1本奪えたらあんたの勝ち、っていうの、どう?」
「……」

私の身体能力がスポーツにマイナスの特性を示すということを見越しての発言だろう。
そもそもバスケ部のエースである鈴鹿からシュートを奪うということ自体が困難だ。
しかし、他に手段がないならば…。

「わかった。君からシュートを1本、取ればいいんだな。」

私は上着を脱ぐと、床に投げた。

「やる気じゃん。手加減はしねえよ?」
「上等だ。」

鈴鹿は縦横無尽にコートを走り始めた。
闇雲に追い掛けても振り回されるだけなのは目に見えている。
私はしばらくその動きを観察し、傾向を発見しようと試みた。

「何突っ立ってんだよ! ぼーっとしてても俺は捕まらないぜ!」
「……」

左にターンする時、若干ガードが甘くなる。狙うならその時だ。
しかしターンのタイミングは全くの無秩序で、いつ起きるか予想がつかない。
挑発して、誘うしかないか…。
私は鈴鹿に向かって走り出した。

「やっと本気になったのかよ。せいぜい不様に走り回りな。」
「果たしてそうかな?」
「俺に追いつけるわけないだろ?」
「それは君が逃げているからだ。」
「あぁ?どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。」
「なんだか良くわかんねえけど、むかつくぜ!」

乗ってきた。
このまま私に向かってくれば、或いは…。

「俺は逃げてなんかいねえ!」

予想通り、こちらへ向かってくる。
あと3歩、2歩、1歩…

(!! 右!?)

見事に裏切られた予想に、しばし呆然とする。
だから無軌道な生徒は…。

「どうした? もう終わりかよ?」
「…まだだ…」

こうなったら意地でも纏わりついてチャンスを伺うしかない、そう思った時だ。

「先生!!!」
「和馬くん!!」

突然聞こえたその声に、鈴鹿は振り返った。左に。
私はそれを見逃さなかった。

「ヤベッ!」

一瞬の隙を付き、鈴鹿の手からボールを奪うと、私はゴールに狙いを定めた。
私の手を離れたボールは、計算された軌道を描く。
ゴールリングをくぐったボールが、床に落ちる音が響いた。

「マジかよ、スリーポイント…」
「私の勝ち、だな。さあ、帰って試験の準備をしなさい。」
「和馬くん!!」

必死の形相をして駆け込んできたのは、紺野珠美だった。

ちゃんに聞いたよ! ひどい…!! いくら私のこと嫌いになったからって!!」
「ち、違うって! 別にお前のことを嫌いになったわけじゃ…」
「大っ嫌い! もう知らない!!」

そういって駆け出す紺野を追って、鈴鹿は体育館を出ていった。
あの様子ではまっすぐ家に帰って勉強、は期待できない。
鈴鹿は今回も補習確定のようだ。全く、世話が焼ける…。

「先生!」

代わって私に駆け寄ってきたのは、だった。
私が床に放った上着を抱えている。

「はい先生。しわには、なってないみたいです。」
「ありがとう。」
「先生、カッコよかったですよ! あの鈴鹿くんからスリーポイント奪っちゃうなんて!」
「それは、君の…」
「えっ? 私のなんですか?」

君のおかげだ、と言う言葉を思わず飲み込んだ。
私と彼女は教師と生徒。生徒にかけるのに相応しい言葉ではない。

「いや、なんでもない…。ボール投げは物理の応用だ。 コホン、ところで君は鈴鹿と…」
「鈴鹿くんと?」
「つっ、付き合うつもりだったのか?」
「ああ、そのことですか。確かに、そんなふうに言われましたけど、珠ちゃんと鈴鹿くんが
喧嘩してるの知ってましたから、たぶんその当て付けだろうな、って思ってましたからね。
適当に返事して、珠ちゃんを焚き付けましたから、きっと今頃仲直りしてるんじゃないですか?」
「もし、彼が本気だったらどうする気だったんだ!」
「そんなはずないですよ。あれで鈴鹿くん、珠ちゃんにぞっこんなんですから。」
「そうなのか?」
「そうですよ。だから心配いりません。もしかして、妬いてくれてました?」
「そ、そんなことはない!」
「なんだぁ。ちょっと残念。ちょっとは焦ってくれたのかと思ったのに。」
「…下らないことを言うな…。それより彼が私達のことを見たと…」
「あ、それも大丈夫です。珠ちゃんに、鈴鹿くんをきっちり口止めするように言いましたから。
それに、私だって鈴鹿くんの秘密の一つや二つ握ってますからね。全く問題ない、です。」
「……」

もしかして敵に回すと一番恐いのは、この無邪気に微笑む少女なのかもしれない、と
そら恐ろしいものを感じつつ、私は彼女に言った。

「さて、君ももう帰りなさい。車で送って行こう。」
「はい! お言葉に甘えて。」



恐いものは嫌いではない。むしろ私の趣味に合致する…。


Fin


 



VS 鈴鹿和馬くん。こんなに性格悪い子じゃないですよね。和馬。ファンの方、本当にごめんなさいm(_@_)m
珠ちゃんと和馬はお似合いカップルvだと思うので、在学中からラブラブ設定にさせていただきました。
一番悪いのはもちろん主人公ちゃんですね。マジで裏番のようです(笑)しかもそれを気に入ってる先生って…。
先生はあれだけ身長があればバスケが似合いそうですけど、運動は苦手だそうなので最小限の動きで表現ましたが、物足りないかな。
理事長が生徒に手を出し始めるはば学なら、ばれたところで寛容のような気もしますが、どうなんでしょう??



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