サマースーツ  今日は零一さんと海でデート。今までも何度かドライブで海へ連れて行ってくれたことはある。 でも、今日は特別だ。 海へ”泳ぎに”行くんだから。  説得するのはそりゃあもう大変だった。なんだかんだ理屈をつけられるのは目に見えていたから、私は先手を打って「ビタミンD前駆体に対する紫外線照射後の吸収率の変化について」のレポートを準備していた。適量の日光を浴びることの有用性を熱く語った。もちろん零一さんは「紫外線によるフリーラディカルの発生」だの、「DNA損傷による皮膚癌の励起」だの反論材料を次々と出してきたが、私の剣幕と、予習をしてきた熱意を認めてくれて、ようやく海水浴に行くことに同意してくれた。  そして今日はその当日。零一さんの好みを予測して、あまり露出度の高くないキュートな水着を選び、その他にも普段ろくなものを食べてない零一さんのために栄養バランスを計算したお弁当とか、不必要な紫外線を浴びないためのサンスクリーン、瞳を守るサングラスなど完璧に準備をした。その大荷物を抱え、待ち合わせ場所に行った私は、現れた零一さんを見て愕然とした。 「れっ、零一さん!な、なんでスーツなんですかぁっ!」 そう、零一さんはいつもの通りのスーツ姿で現れたのだ。 「何か問題か?」 「あのー、それは海水浴に行くのにふさわしい服装なんでしょうか…?」 「私はスーツを着慣れている。何も違和感はない。」 「でも、普通もう少しカジュアルな服装をすると思うんですけど…。」 「私にとってはこれが普通だ。」 と、取り付くしまもない。私は思わず、その場にへなへなと座りこみたい気分になったが、零一さんは淡々と続けた。 「広院、急ぎなさい。予定の時間を10分もオーバーしている。」 と言って、スタスタと歩き始めてしまったので、私は仕方なく後を追った。  海水浴場につくと、ただでさえ長身で目立つ零一さんなのに、浜辺でスーツ姿というとてつもなく不釣り合いな光景に、ビーチ中の注目を集めていた。ついて歩く私も、なんとなくちらちらと見られている気がする。ちょっと、と言うかかなり恥ずかしい。 「広院、君は着替えがあるんだろう。私はここで待っている。」 「・・・はい。」 重苦しい気持ちで、更衣室に入る。のろのろと着替えを始めて、はっと気付いた。 (ここで待ってる、ってまさか着替えないつもりじゃあ・・・) 私は慌てて水着に着替えると、更衣室を飛び出した。 「零一さん!」 さっきの場所に、零一さんはいない。キョロキョロと左右を見まわしていると、後ろから声がした。 「広院、早いな。」 振り返るとそこには・・・  トレードマークのメガネに変わって、ミラータイプのサングラス、真夏の日差しが反射してまぶしいくらいの真っ白なパーカーを羽織り、落ち着いた紺色のトランクスタイプの水着を着た零一さんが立っていた。少し長めの丈なのに、そこから伸びる足は誰よりも長くて、モデルの葉月くんにも負けない、いや、絶対勝ってる、ってくらいかっこ良かった。  変なところと言えば、砂浜に突き刺すためのビーチパラソルを普通の傘みたいにさして、空いた手にはビジネス用のガーメントケースを下げていたけど、そんなことは気にならないくらい、その姿に見惚れていた。 「どうした?」 「あっ、零一さんがあんまりかっこいいから、見とれてました。」 「なっ!? あ、あまり見ないように・・・。」 「スーツなんて着てくるから、泳ぐ気ないのかと思ってました。」 「そうではない、むしろ私は泳ぐことは好きだ。私は運動全般にマイナスの身体特性を示してはいるが、水泳はその割合が比較的低い・・・。」 「そうなんですか。じゃあなんであんなに反対したんですか?」 「それは・・・どうでもよろしい。行くぞ。この傘は重すぎる・・・。」 (傘じゃないって・・・) 零一さんの顔は真っ赤になっている。視線の先はサングラスでよくわからない。どこ見てるの・・・? 「ところで広院、君は日焼け止めをきちんとつけたのか?」 「あ、忘れてました。急いで着替えたから・・・。」 「全く、君は。あれほど私が紫外線の害を講義したというのに・・・。」 「今からつけます!」 「・・・貸しなさい。君の塗り方ではむらになる・・・。」 零一さんと、初めての海水浴。 今日は、楽しい一日になりそうです♪ Fin