sweet, sour pain


ハッピーエンドを迎えた「シンデレラ」の味がこんなにも切ないのは
あの人の涙のせいかもしれない…。



ずっしりと重い木の扉を開くと、いつものように彼は明るい声で迎えてくれた。

「やあ、いらっしゃい、生徒さん。」
「もうっ! また生徒さん、って呼んでる。
私、もう卒業したんですから、生徒じゃないんですよ。」
「だって、君がいつまでも俺のことマスターさん、って呼ぶからさ。
俺だってちゃんと名前があるんだぜ?」
「それはそうですけど・・・。」
「零一が機嫌悪くなるから?」
「・・・」
「はは、正直だね。まあいいよ、許してあげる。俺がこの店のマスターってことは
違いないわけだしね。でも、俺の事情も察してくれよ。名前で呼ぶと睨まれるのは
君だけじゃない、ってこと。」
「ふふ、そうですね。お互い様、ですね。」
「そういうこと。」

彼は磨いていたグラスを後ろの棚にしまいながら続けた。

「今日は? 零一と待ち合わせ?」
「はい。外で待ち合わせしてたんですけど、なんか遅れるからってさっき電話があって。
それまでここで待ってなさい、って言われたので来たんです。」
「そう、どのくらい遅れるって?」
「うーん、会議だそうなんで、少なくとも30分は、って言ってました。」
「そうか。しばらくは来ない、って訳だな。
じゃあ、なんか飲みながら零一の子供の頃の話でもするか。」
「はい! あ、でもアルコールは駄目ですよ。」
「わかってるって。これ以上奴に睨まれちゃたまらないよ。」

そういう彼が準備しだしたのはショートグラス。ちょっと不安に思っていると
彼は悪戯っぽい微笑を浮かべた。

「そんなに不安がらなくても大丈夫だって。ノンアルコールのカクテルだから。」
「本当ですか?」
「本当。レモンジュース、オレンジジュース、パイナップルジュースをシェイクするだけ。」
「そうですか。良かった。」
「"シンデレラ"だよ。」
「えっ?」
「カクテルの名前・・・いや、君のことかな。」
「私?」

彼は答えずにシェイカーを振り始めた。カラカラという音だけが店に響き渡る。
いつになく真剣な表情に続きを聞けない雰囲気が漂う。

(いつも、こんな表情していたっけ・・・?)

オレンジ色の液体をグラスに注ぎながら、彼は再び口を開いた。

「零一の子供の頃の話だったよね・・・。」
「あ、はい・・・。」
「零一は、子供の頃から良く出来る奴だった。俺がどんなに頑張っても一度も勝てなかった。
見えない、って思うかもしれないけど、これでも俺、なかなか成績優秀だったんだぜ?
だけど、零一にはかなわなくて、ずいぶん悔しい思いをしたよ。

かなわなかったのは勉強だけじゃない。恋愛でも俺はいつも奴に負けてた。俺が好きになる
女の子は、全員零一を好きになるんだ。だけど零一はああだから、全然彼女達を相手に
しなくってさ。傷ついた女の子を慰めてやるうちに、結局は俺と付き合う、ってパターンが
俺の常だったんだ。好きになった子と付き合えるんだから、いいじゃないかって思うかもしれない
けど、俺にとってみれば、零一のお下がりみたいな気分でさ。恋愛は全然長続きしなかった。

零一と進路が分かれたあとは、やっと自分の恋愛が出来ると思ってたんだけど、「もしかしたら
この女も、零一に会ったらあいつを好きになるんじゃないか」ってコンプレックスになっちゃって
どうしても相手のことが信用できなくてね。どんな女にも本気になれなくなっちゃったんだな。

悩んだよ。このコンプレックスから抜け出すにはどうしたらいいかって。そして決めたんだ。
もし、零一が本気で好きになった女が現れたら、そいつを奪ってやろうって。我ながらひどい
考えだ、ってわかってるよ。だけど、そうでもしないと俺のなかでコンプレックスがいつまでも
くすぶりつづけると思ったんだ。そして、零一は君を連れてきた。一目でわかったよ、零一が
本気だって。そして俺も、君に本気になった。本気で君を、奴から奪ってやろうって。」

彼はやっと言葉を切って、私を見つめた。見たことのない瞳の色で。
何か言わなくちゃと口を開くけれど、声が出ない。
冗談だ、って笑って。今ならまだ間に合うから・・・。

「それからの毎日は、まさに君に夢中だったよ。零一の相談に乗ってやるフリをして
君のことをいろいろ聞き出した。話を聞けば聞くほど、まさに俺の求めてた女だ、ってわかったよ。
それ以上にわかったのが、君がどれだけ零一が好きかってことさ。零一、あのバカ、
君が出してるサインに全然気付きもしないで、悩んでばっかりいたんだぜ。よっぽど
教えてやろうかと思ったけど、あいにくそんなに親切じゃないんでね。それでもあいつは
君を手に入れた。ホント、よくやったと思うよ。だけど俺にとってはそれからが本番だった。

あいつは思ったとおり、君をこの店に良く連れてくるようになった。俺に君とお近づきに
なれるチャンスを自らくれた、って訳さ。俺はあくまでさりげなく、君にアプローチしようとした。
俺が君を狙ってることにあいつが気付いたら、元も子もないからな。そうやって君のことを
考えているうちに、俺はどんどん君に本気になった。零一が君に惚れた理由も納得だったよ。
それほどに君は魅力的だった。そして、思ってしまったんだよ。君を傷つけたくない、ってね。

零一を見返すことなんてもうどうでも良かった。君が幸せであればいい、そう思った。
俺が一番良く知ってる、あの零一が、君を幸せにしてくれるなら、それに勝ることはない、って。
そう、たぶんこれが俺の最初の本気の恋。初恋、って大体かなわないもんだろ?」

そう言って微笑んだ彼の表情は、痛いほど切なかった。
私は何も言えず、ただうつむいていた。

「本当はこんなこと、言うつもりなかったんだ。君を困らせるの、わかってたしね。
だけど、この"シンデレラ"の出来を見たらさ、言わずにはいられなくなっちゃったんだよね。
まあ、飲んでみてよ。君のために作ったんだからさ。」

うなずいてグラスに手を伸ばす。指が震えて中味をこぼしそうになるのをなんとか押さえて
グラスを唇に当てた。オレンジ色の液体が口の中に流れ込む。

「酸っぱい、けど、おいしい・・です。」
「そう? 気に入った?」
「はい。」
「そうか・・。良かった。」

グラスを口に運ぶほどに酸味は切なく、甘味は優しく広がっていく。
まるで彼の気持ちが染み込んでくるようで、胸が痛くなった。

「そうだ、ひとつだけ、わがまま言ってもいいかな。」
「・・私に出来ることなら・・」
「もう一度、"シンデレラ"、味あわせてもらいたいんだけど。」
「これ、ですか? いいですよ。」

まだ半分ほど中味の残っているグラスを彼に差し出すと、彼はかぶりを振った。

「そうじゃなくってね・・」
「えっ?」

一瞬、唇が触れた。
カウンター越しに身を乗り出した彼は、いつものからかうような表情で言った。

「やっぱり、ちょっと酸っぱかったね。」
「!!・・・」

また何も言えなくなってうつむいていると、重い木の扉が開いた。

「すまない、遅くなってしまって・・」
「零一さん!」
「よう! 本当に遅いよ。彼女、お待ちかねだぜ。」

彼は何事もなかったかのように振舞う。私はどちらの顔も、まともに見られないでいた。

「どうした? 少し顔が赤いようだが?」
「いえ、なんでもないんです。」

零一さんは私の前に置かれたグラスに目を留めた。

「そのグラス・・まさか、おまえ彼女に酒を飲ませたんじゃないだろうな?」
「違うよ、これは「シンデレラ」。ノンアルコールカクテルだよ。」
「本当だろうな?」
「疑うなら飲んでみればいいじゃないか。」

そう言われて零一さんはグラスを取ると、中味を一気に飲み干した。

「フム、確かにアルコールは入っていないようだな。しかし随分酸味が強いのではないか?」
「それは、お前の"シンデレラ"のために作ったからだよ。」
「どういう意味だ?」
「彼女は"レモネード"が好きだろうと思ったからさ。」
「意味がわからない。もっとよく説明してくれ。」
「そんな暇ないだろ。お前、お姫様をどれだけ待たせたと思ってるんだ?
これからデートなんだろ? これ以上予定を狂わせてどうする?」
「そうだった。では次の機会には必ず説明してもらうとしよう。
さあ、急ぎなさい。出発する。」

少し腑に落ちないような顔をしながら店を出て行こうとする零一さんを、慌てて追いかける。
扉をくぐる瞬間、振り返ると彼は私たちに背中を向けていた。

「またおいで、今度はレシピ通りのスウィートな「シンデレラ」、飲ませてあげるから。」

その言葉に返事をしてしまったら、今度は本当に涙がこぼれそうだったから、
私はそのまま、扉を閉めた。

その日のデートで、いつも以上に甘える私に、零一さんは少し戸惑っていたようだったけれど、
そうせずにはいられなかった。どうしようもない切なさを包み込んで欲しかった。

零一さんに家まで送ってもらって、一人で部屋に入って初めて、私は泣いた。
私に背を向けて言った、彼の震える声を思い出しながら。


あの人が流す、レモン色の涙を受け止めて、彼に甘い二度目の恋を教えてあげられる
「シンデレラ」が現れる日は、きっと近いから・・・。




Fin







遅ればせながら、「マスターフェア」参加作品です。なんか、書いているうちにどんどん暗〜くなってきて
「違う!これはマスターじゃない!」と叫びつつも、最後まで書いてしまいました。イメージ合わないな、と
思われる方がたくさんいらっしゃると思います・・。ごめんなさい。VSモード番外編、として許してください。
「シンデレラ」は飲めない私には大変重宝な飲み物ですが、作る人によって随分味が変わってしまうんですよね。
このマスターさんのように酸っぱいのもいいですが、私は甘い方がどっちかといえば好きです♪
ところでこのタイトルを見て、「酢豚」を連想した方、そんなあなたが私は大好きですvv


マスターフェア開催!


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