Summer Dream


夏休み、私は彼女とともに海辺にあるコンドミニアムを訪れていた。
とにかく海に行きたい、という彼女の要望と、静かな休暇を過ごしたいという
私の希望が合致するこの場所を選択したのは極めて正しかったと言える。

コンドミニアムから見渡せる海岸は完全なプライベートビーチであり、
他人を気にすることなく泳ぐことができる、と彼女は嬉しそうにはしゃいでいた。

私は静かなバルコニーでデッキチェアーにもたれながら、読書に没頭した。
購入したまま読む時間を持つことができなかった本を十数冊積み上げて、
手当りしだいに読む。有意義な時間の過ごし方だ。

本の山が1/3程減ったころ、彼女が海から戻ってきた。

「ああ、楽しかったぁ。きれいですよ、海!すぐ近くまで魚が来るの!」
「そうか・・・」

水着姿ではしゃぐ彼女が眩しくて、思わず目をそらしてしまう。

「零一さん、ずっと本ばっかり読んでるつもりですか?せっかく海に来たのに。」
「いや、私は・・・」
「私、一人でばっかり泳いでてもつまんないし。次は一緒に、ねっ?」

今までここに座っていたのは泳げないわけでも、泳ぎが嫌いなわけでもなく、
ただ水着姿の彼女を正視できないから、と言ったら、彼女はきっと笑い転げるだろう。
それは・・・避けたい。

「・・・わかった・・・」
「約束ですよ!」
「わかったから、早く体を拭きなさい。冷えるだろう。」
「は〜い。」

ようやくタオルに体を包んだ彼女は、デッキチェアーに腰掛けて話を続けた。

「零一さん、この辺って、夕焼けがきれいなんですって?」
「そうらしいな。」
「なんかね、さっき地元の人に聞いたんですけど、夕焼けの中で
プロポーズすると、永遠に幸せになれるっていう伝説があるんですって。
はば学の教会の伝説も素敵だけど、これも素敵ですよね。」
「・・・君の好きそうな話だな。」
「うー、また『私は信じない、興味もない』、って言うんでしょう? わかってますよ。」
「いや、そうでもない。」
「えっ?」
「少なくとも、学園の教会の伝説は信用するに足る証拠があるからな。」
「零一さん…」
「なんだ? その不思議そうな顔は?」
「いや、人って変わるものですね。」
「…そうだな。」

彼女と出会い、こうして側にいることで私はずいぶん変わったと自分でも思う。
職場でも人当たりが良くなった、とからかわれることがある。
生徒への態度もどこか違うらしく、懐いてくる生徒が多くなった。
これは彼女の嫉妬を招き、あまり喜ばしい事態ではないのだが・・・。

「さて、やっぱりちょっと疲れちゃったので、ひと休みしますね。
あんまり長く寝てるようだったら、起こして下さいね。」
「ああ。」
「では、おやすみなさいっ!」

そう言って目を閉じた彼女は、すぐに寝息をたてはじめた。
高校時代よりも少し伸びた髪が、風になびいている。
無邪気な寝顔を見つめていると、このまま永遠に時を止めてしまいたくなる・・・。
ふと思い付いて傍らのカメラを手に取る。この瞬間をせめてフィルムに残しておきたいと・・・。


30分後。
目を覚ました彼女はなぜか不機嫌だった。

「どうした、そんな膨れっ面をして。」
「だって、零一さんが来ないんだもん。」
「なに?」
「今の夢です。零一さんと待ち合わせしてて、ずっと待ってるんだけど、全然来なくて。
すごく大事な日なのに、ふだん遅刻なんかしない人が遅れてるから、すごく心配してるのに
連絡も来ないし、時間だけはどんどん過ぎてくし・・・。零一さんのばか。」
「それは、君の夢のなかの話だろう? 私を責められても困る。発言を撤回しなさい。」
「だって、心配したんですよ!」
「・・・私にどうしろと?」
「もう一回寝て、続き見ますから、今度は絶対来て下さいね!」
「・・・だから私にはどうにもできないと・・・」

彼女は再び目を閉じると、あっという間に眠りに落ちていった。驚異的な寝付きの良さだ。

全く。
都合良く夢の続きが見られるわけはないし、夢に出てくる人物の行動を制御できるはずもない・・・。

彼女が時折見せる子供っぽさは、当初は理解し難かった。しかしそれは彼女が何ごとにも
真剣にぶつかっていく態度の現れであることに気付いた。それ以来私は、なるべくそんな彼女に
つきあってやることにしている。そうすることで自らもまた新しい発見ができたりもするのだ。

私は、デッキチェアーを降りて、眠る彼女の上にかがみこむ。

「遅れてすまない。」

そう呟いて私は彼女の瞼に口付けた。
夢の中の私が、彼女に会えるようにとの願いを込めて。
ほんの少し、彼女が微笑んだ気がした・・・。

そうして読書の続きに戻った私だったが、心地いい風と、彼女の寝息に誘われたのか
いつの間にか眠り込んでいた。







私は焦っていた。
約束の時間をもう20分も過ぎている。予期せぬハプニングが起きたとはいえ、
この大幅な遅刻は許されるものではない。普段遅刻をしない私が遅れたとなると
彼女も心配しているだろう。まして、今日は特別な日だ。遅れたくはなかったのに。
携帯に連絡することも考えたが、一瞬でも早く到着するためにその時間も惜しまれた。
息が上がるほどの早歩きの末、ようやく、待ち合わせ場所に辿り着く。

そこには、ドレスアップをして、少し大人びた彼女が、腕組みをして私を待っていた。

「遅れて、すまない・・・。」
「もう、心配したんだから!途中でなにかあったんじゃないかって。」
「出がけに、ちょっと手間取った。」
「それならそう連絡してくれればいいのに。携帯持ってるんだから。」
「時間が惜しくて、つい。」
「もう。で、手間取った原因はそれね。」
「ああ…。」

そう答えて、私は自分の腕の中に何かを抱えているのに気付いた。
抱えていたのは、ピンクのベビー服に包まれた乳児。
これは・・・私の子供?

「レイナちゃん、どうしたの?」
「連れて行こうと抱き上げたら泣き出して…。おむつでもミルクでもなかったようで
泣き止むまで手こずってしまった。やはり君でないと…。」
「もう、しっかりしてよ、パパ。」
「パ、パパ…。」
「そうでしょ? パパ。 もう、こんなことならあなたに任せて美容院なんて行かなきゃ良かった。
あら、でも手こずった割には良く寝てるじゃない。」

彼女は私の腕の中を覗き込む。子供、レイナはよく眠っているようだ。

「私と同じね。」
「同じ? 何がだ?」
「あなたの側だと安心するの。」
「な!?君、は何を…。」
「本当よ。さ、早く行かないと予約の時間に遅れちゃう。今日は大事な日、でしょ?」
「そうだ。もう予定より25分も遅れている。急がなければ。」
「だけど、ふつう覚えてないでしょう、こんな日。特に男の人は。」
「日付けを覚えるのは特技だからな。」
「そうだったわね。でも一体いくつ記念日があるの?」
「秘密だ。その方が君も楽しいだろう?」
「もう、意地悪なんだから…。
あ、そうそう、こんな写真見つけたの。これ、あの日のよね。」

2年前の今日の日付けの入った写真。
デッキチェアーで眠っている彼女が写っている。

「いつの間にこんな写真撮ったの?寝顔なんて恥ずかしい…。」
「どうしても、残しておきたくなってな。」
「こんなのを?」
「そうだ。君の表情はどんなものも宝石のように貴い。」
「やだ、照れちゃうじゃない。でも・・・ありがとう・・・。」

そう言ってはにかみながら髪をかきあげた彼女の左手には本物の宝石が光っていた。
2年前の今日、私が彼女に贈った。永遠に幸せにする約束の証に。
そう、今日は・・・







「…さん、零一さん、起きて下さいよー。」
「ん、ああ、眠っていたか。」
「けっこう楽しそうな顔してましたよ。夢でも見てたんですか?」
「夢・・・」
「そうそう、夢と言えば私、さっきの夢の続き、見れたんですよ。
零一さん、やっと待ち合わせに来て、遅れた理由がね・・・」
「まさか・・・」
「赤ちゃんの世話に手間取った、って。大きな体であたふたしちゃって。
子供、抱いてきたんですよ。たぶん、私達の子供。」
「・・・その、子供の名前は?」
「え?名前? そう、確か・・・」

「「レイナ」」

「えっ? なんでなんで? なんでわかるんですか?」
「私も、同じ夢を見たから・・・」

そっと、彼女を抱き寄せる。
彼女の瞳に私が映る。今まで見たことのないような柔らかな表情の私がそこにいる。

「出会えて良かった・・・」

彼女の唇に、そっと自らを重ねる。
今日、彼女にキスするのは二度目だ、などと思いながら・・・。

デッキチェアーの上で、彼女を抱きしめながら、どのくらい時間が経っただろうか。
傾きはじめた日射しが、彼女の頬を染めるのを見て、重要なことを思い出す。

「ちょっと、ここで待っていなさい。」

彼女をそこに残して、私は部屋の自分の荷物から、あるものを取り出す。
今日のために準備したあるもの。
正直、早急なのではないかとの迷いもあった。しかし先程の夢は、私に自信を与えた。
手のひらにそれを隠すと、彼女のところに戻る。

「どうしたんですか?」
「君に、これを。」

小さな箱を、彼女に差し出す。

「開けてみなさい。」
「はい・・・」

現れたのはダイヤモンドのリング。夢の中の彼女がしていたのと同じ。

「これって・・・」
「永遠に君を、幸せにする約束をしたい。これがその証だ。
つまり、私と、結婚してほしい・・・」
「零一さん・・・」
「返事は、今すぐでなくても・・・」
「いいえ、今、します。幸せに、して下さい・・・。」
「もちろんだ。受けてくれて、ありがとう・・・」

彼女の手を取り、薬指にリングをはめる。
華奢な指には少し派手にも見えるが、大丈夫、きっと2年後にはもっと似合うようになる。
夕焼けの光のなかでリングはひときわ輝いていた。

「ねえ零一さん、ここの夕日の伝説・・・」
「知っていた。コホン、君が、好きそうな話だと思ったからな。」
「ふふ。そういうことにしておきましょうか。」
「なんだ?なにか言いたいことがあるのか?」
「いいえ、なんでもないですよ。」
「・・・・・・」
「でも、このリング、本当にもらえるなんて思ってなかったなあ。」
「本当に、とは?」
「さっきの夢の中で、私がしてたんです。きれいだな、って思ってたから。
なんだろう、正夢、って言うのかな?」
「言葉の定義からすれば、予知夢、ではないのか? 写真を見ただろう?」
「写真? そんなの出てきませんでしたよ。」
「そうか・・・」

彼女は、まだ写真のことを知らない。
今日の、不思議な夏の夢を、閉じ込めたフィルムのことを。

「なんですか?またなにか隠してるんでしょう?」
「そう、秘密だ。2年後までな…」



Fin







カウンター10000をゲットされた畔 様からのリクエストです。『告白後で、ある日同じ夢を見る2人』がメインで
夢の内容はちょっと先の未来、目覚めた後にはプロポーズ、というリクエストでした。そのまんま、書きました(笑)。
もともと夢ネタで書こうと思っていたものに、いろいろ詰め込んでしまったので無駄に長い、かな?読みづらかったらごめんなさい・・・。
子供の名前はドリーム化しようかと思ったんですが、ネタバレしてしまうので勝手に付けました。レイナ、って誰やねん(笑)

二月みめい様にイメージイラストを書いていただきました!素敵イラストを見に行く


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